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 HYMAN ENGELBERG ハイマン・エンゲルバーグ


エンゲルバーグ医師は、1962年にマリリン・モンローが死亡したときの主治医 だった。

1960年、『荒馬と女』の撮影の間、情緒不安定なマリリンに入院をすすめたの はエンゲルバーグである。
その翌年の61年、ニューヨークで胆のう手術の準備をしたのも医師である。 エンゲルバーグは、あらゆるマリリンのクスリの処方をしてきたのだった。

1962年8月3日、エンゲルバーグ医師はロサンゼルス・ブレントウッドのサ ンヴィンセント薬局で、マリリンのためにネンブタルの錠剤を25個処方した。 少なくとも2日後に、そのドラッグがマリリンを死に導いたといわれる。

1962年8月5日,午前8時40分にマリリン・モンローの死を伝えたのも エンゲルバーグ医師であった。

その年の6月28日から8月3日の間に、マリリンは20回、ほぼ毎日エンゲ ルバーグに会っている。

いまだ、疑惑がもたれている点を明確にしておこう。1962年の8月1日と 3日にエンゲルバーグはマリリンに注射した事実である。
だが、公式発表には一切含まれていない。なぜか?

1962年9月24日、テレビのトーク番組『オープンライン』でエンゲルバ ーグはマリリンについてや疑惑をもたれている注射の件について、
一切質問に答えなかった。

エンゲルバーグ医師は、1986年までベバリーヒルズのオフィスで開業して いた。

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