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「究極のマリリン・モンロー A-Z 」 ( 24 )


CLARK GABLE クラーク・ゲーブル

「かれの顔を見ただけで、ぞくぞくしちゃうわ」
マリリンは実際には会ったことがない、実の父の面影をゲーブルに求めていた。

クラーク・ゲーブルは30年間、誰もが認めるハリウッドの「キング」だった。
1901年2月1日、オハイオ州生まれ。数多くの作品に出演した。オスカー を受賞した『或る夜の出来事』(34年)『戦艦バウンティ号の叛乱』(35年 )名作『風と共に去りぬ』(39年)マリリンと共演した『荒馬と女』(61 年)などの代表作がある。

若き日のノーマ・ジーンは寝室の壁にゲーブルの写真を貼っていた。
母と娘を捨てた父スタンリー・ギフォードがゲーブルに似ていると聞かされてい たからだ。

マリリンは21歳のときに、ジョン・キャロルというクラーク・ゲーブルにど ことなく雰囲気が似ている青年に恋をした。その恋は実らなかった。

ある日マリリンは、実の父にどうしても会いたいと、思い切って電話をかけた。
だが、父からはそっけない答えしかかえってこなかった。

1960年、ついにマリリンはゲーブルとの共演が実現した。
『荒馬と女』のロケは過酷な条件のものとでおこなわれた。リノの砂漠という 自然環境だけでなく、マリリンは精神の安定を欠き、ゲーブルに大きな負担を かけた。
「セリフをととちったり、遅刻をしても、一度もかれは私を怒らなかった」

撮影時間に遅れたり、満足な演技ができないマリリンをゲーブルはいつもやさ しく見守っていた。

撮影が終わって10日後に1960年11月16日、ゲーブルは心臓発作に見 舞われて急死した。
「私のせいでクラークが亡くなったんだわ」
マリリンは自分をせめ、苦しむ日々が続いた。

「このことは私にとって、大きな打撃です。私は深い悲しみに沈んでいます。 クラークは私がいままで会った中でもっともすばらしい男性の一人でした」

クラーク・ゲーブルはマリリンについて言っていた。
「彼女は男にプライドを持たせてくれる」

マリリンはゲーブルについて言った。
「女が命を捨てられるものがあるとしたら、クラークみたいな男性ね」

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