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  MILTON H. GREENE ミルトン・グリーン(1)


「あなたは、まさに男ね!」(マリリン)
「そして、きみはまさに女だね」(グリーン)

カメラマンのミルトン・グリーンとマリリン・モンローはすぐに意気投合した。 1953年の後半、グリーンはハリウッドにいて、『ルック』誌でマリリンのカヴ ァー・ストーリーを撮っていた。
マリリンは『帰らざる河』のロケが終わったばかりで、グリーンとはジーン・ ケリーのパーティで出会った。2人は一緒に仕事をしたいと思った。

翌年、マリリンはジョー・ディマジオと結婚して別れたが、ミルトン・グリー ンはマリリンをハリウッドから”救出”しようとした。
1954年11月16日、ロマノフ家でのマリリンのための盛大なパーティから10日後、 グリーンはマリリンをハリウッドからニューヨークに連れ戻し、 話し合った。

その年の終わリには、マリリンとグリーンはマリリン・モンロー・プロダクシ ョンを作った。マリリンはしばらくはニューヨークのホテルに隠れるようにし ていたが、やがてコネティカット州ウエストンにあるミルトン&エミー・グリ ーン夫妻の家に身を寄せた。

1955年の初め、マリリン・モンロー・プロダクションは公になった。 「わたしはミルトン(グリーン)のことをほんとうに信頼してるわ。彼にはと っても才能があるの。彼は天才よ」

グリーンは『ルック』誌での年俸5万ドルの仕事を辞めて、マリリンとの新し い仕事に専念することに決めた。
自宅を抵当に入れ、限度いっぱいの借金をした。すべて、仕事のないマリリン の生活を支えるためだった。

マリリンの支出のおもなものは以下のとおり。
@宿泊先のウォルドーフ・アステリア・タワーの部屋代が週1000ドル。
A母グラディスの介護費用に週100ドル
B精神分析医に週125ドル
C美容のための費用に週500ドル
D香水に週50ドル
E私的秘書の給与
F広報係の給与

グリーンはスポーツカー、黒のサンダーバードの新車をマリリンのために購入 し、さらに2か月ごとに洋服代が3000ドルかかった。
マリリン・モンローというスターには、最低でも年5万ドルが必要だった。グリ ーンはすべてをマリリンのために整えた。

なぜ、グリーンはそこまでマリリンに入れ込んだのだろう。
自分は破滅してもいいとさえ思っていたのである。

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