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JOHNNY HYDE ジョニー・ハイド
マリリン・モンローを世に出した男。マリリン自身もそのことを認めている。
ジョニー・ハイドがいなかったら、マリリン・モンローは存在しなかっただろ
う。ロシア人軽業師の息子として生まれる。1949年、パームスプリングの
ラケットクラブでマリリンに出会ったとき、53歳のハイドには家族があった。
長年連れ添った妻、モーゼル・クラヴェンス・ハイドと4人の息子たち。
ハイドはハリウッドで最高のエージェントだった。手がけた大物は、リタ・ヘ
イワース、ベティ・ハットン、ボブ・ホープ、エスター・ウィリアムズ、ラナ
・ターナなど。ハリウッド最大のウィリアム・モリス・エイジェンシーで副社
長の地位にあった。ハイドは”心臓”に持病をもっていて、たびたび発作を起
こしていた。
マリリンは22歳、女優のタマゴでいつもひもじい思いをして、住むところさ
えなかった。
マリリンがハイドの愛人になったことは誰の目にも明らかだった。彼ののめり
こみようは尋常ではなかった。
エージェント、マネジャー、アドヴァイザー、親友、教師、人生の先輩そして
愛人として、どんなときでもマリリンといっしょだった。
マリリンのご機嫌をとり、結婚を迫った。マリリンはイエスとは言わなかった。
愛してはいたが、恋してはいなかったから。
ハイドは妻を残して、ビヴァリーヒルズのノース・パームドライヴに家を用意
した。この家で暮らすようになるが、マリリンは結婚は考えてはいなかった。
結婚してくれれば、財産を相続させるとハイドは迫ったが、マリリンは受け入
れなかった。
ハイドはジョン・ヒューストン監督の『アスファルト・ジャングル』(19
50)の役をマリリンのために手に入れた。
この作品で成功を収めたのち、ジョー・マンキーウィッツ監督の『イヴの総て』
(1050)も獲得。この2作品のヒットで、ハイドは20世紀フォックスと
の契約に乗り込んだ。
「きみはものすごい女優になるんだよ」と予言した結末を見ることはなかった
が、ハイドは愛する女のために生きた。
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