「究極のマリリン・モンロー A-Z 」 ( 31 )
JOHN F.KENNEDY(ジョン・F・ケネディ)(2)
マリリンとケネディ大統領の関係がどのように破局を迎えたかは、ほとんど知
られていない。
大統領の弟、ロバートが兄からマリリンを引き離す役目をした。腰痛に悩む兄
のことを思ったためともいわれる。
マリリンとケネディ大統領の行為がFBIによってひそかに録音されていたと
いう。そのテープがケネディ家を脅迫するために使われたのかどうかは定かで
はないが。
死の直前、マリリンはケネディの子どもを身ごもっていたともいわれる(これ
は本当だと私は思う)。いずれにしても、ケネディの名を汚すものとして、マ
リリン・モンローの存在は危険なものとなり、大統領の生活から排斥されるこ
ととなった。
しかし、マリリン・モンローとケネディ大統領が亡くなってしまったいま、大
統領の扉の向こう側で何があったか、真実を知ることは不可能なことになって
しまった。
わかっていることは、1962年5月19日、マディソン・スクエア・ガーデンで、ひ
とりの有名人がもうひとりの有名人のために『ハピー・バースデー』を歌った
ことだ、こんなふうに。
ピーター・ローフォード(司会):ミスター・プレジデント、レイト・マリリ
ン・モンローです!
マリリン・モンロー:ハピー・・・バース・・・デー・・・トゥー・・ユー、
ハピー・バースデー・・・トゥー・ユー
ハピー・バースデー・ミスター・プレ・・・ジ・・・デント、
ハピー・バースデー・トゥー・ユー。
歓声に応えて、マリリンは『サンクス・フォー・ザ・メモリー』を歌った。
マリリン・モンロー:ありがとう、ミスター・プレジデント、
あなたがしてくれたことすべてに
戦いにも勝った
景気もいいし、
やまほどの問題も
みんな、あなたに感謝してるわ
エヴリバディ、ハピー・バースデー!
マリリンにつられて観衆は『ハピー・バースデー』を歌った。それから・・・
ピーター・ローフォード:みなさん、大統領です!
ケネディ大統領:こんなに甘く、気持ちのいい『ハピー・バースデー』を歌っ
てもらっては、もう大統領をやめてもいいくらいだ。
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