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  YVES MONTAND(イヴ・モンタン)

「結婚している男の人とは簡単なことよ。思いきった行動に出ることはないわ」 マリリンがトム・イーウェルに(『七年目の浮気』の中で。(1955年) 「夫の次に、そしてマーロン・ブランドと並んでイヴ・モンタンは最高に魅力 的な男の人よ」

マリリン・モンロー


 イヴ・モンタンは1921年10月13日、イタリアのモンスマーノにある イヴォ・リヴィに生まれた。18歳のとき伝説的な歌手、エディット・ピアフ に見出され、やがて彼女と関係をもつようになった。

 1949年、モンタンは女優のシモーヌ・シニョレと結婚。6年後、モンタンは アーサー・ミラー作の『るつぼ』のフランス版映画に出演。『セーラムの魔女 』というたいうタイトルだった。1959年になると、モンタンはブロードウェイ に進出してワンマンショーに出演。

 1959年、アーサー・ミラーとマリリン・モンローは次のコメディ映画『恋を しましょう』の相手役の男性キャスティングをめぐって行き詰まっていた。グ レゴリー・ペック、ケーリー・グラント、チールストン・ヘストン、ロック・ ハドソン、ジェームズ・スチュワート、ユル・ブリンナーはすでに辞退してい た。マリリンはブロードウェイに出かけていってイヴ・モンタンのワンマンシ ーを観た。

 当時のモンタンはフランスでは名前が売れていたが、アメリカではまだ無名 で、仕事の足がかりを探していた。マリリン・モンローに相手役で、しかもジ ョージ・キューカーのロマンティック・コメディ、未来は約束されたも同然だ った。

『恋をしましょう』の撮影の間、モンタン夫妻はベヴァリー・ヒルズ・ホテル に滞在。ミラー夫妻のスウィーツ・ルームの隣の部屋だった。運悪く、アーサ ー・ミラーもシモーヌ・シニョレも外出し、モンタンとモンローは二人きりに なった。モンタンはもちろん、マリリンのほうから秋波を送ってきたのだと主 張した。

「マリリンはとってもやさしくしてくれた。邪気のない天真爛漫な娘だ。これ まで会った他の女性たちのように男と女の関係というものを割り切って考えて くれると、私は思っていたのだ。マリリンがそういうタイプの女だったら、何 の問題はなかった。・・・たぶん、女学生のように夢中になってしまうだろう。 そうだとしたら、すまないことをしたと思う。だが、これで私たちの結婚生活 が破綻することはないだろう」

 翌1960年の11月『荒馬と女』の撮影が終わったとき、マリリンとモンタンは ニューヨークのアイドルワイルド空港で逢う。マリリンのリムジンの後部座席 で、二人はシャンペンを飲んで、別れを告げた。世間を驚かせた二人の関係は 終わった。そしてモンタンのアメリカでの仕事も終わった。

『恋をしましょう』の映画でモンタンは評価されることはなかった。スキャン ダルに傷ついただけだった。


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