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SHEREE NORTH (シェリー・ノース 女優)
「プライベートの時間を持ちたいときは、何とかなるものよ。ファンを煙に巻
いちゃうの。『あら、マリリン・モンロー?』と訊かれたら、『いいえ、マミ
ー・ヴァン・ドーレンよ』とか、『シェリー・ノースよ』とか言うの、急いで
るときはね」
マリリン・モンロー、アール・ウィルソンに。10・6'55
「(シェリーは)モンローのテクニックを模倣しなかった。セリフはなかっ
たが、完璧にその役を演じた」
ナナリー・ジョンソン(1955)
『How to Be Very , Very Popular』でのシェリー・ノースについて
シェリー・ノースは1933年にドーン・ベサルで生まれた。1950年
代にはマリリン・モンローの後釜になるのを拒否する女優として評判になった。
20世紀フォックス首脳部がわがままなドル箱スター、MMに圧力をかける手段と
してシェリーを起用したのは事実である。
1954年、マリリンが『ショーほど素敵な商売はない』の出演に難色を見せ
たとき、フォックス社はマリリンの鼻先に若きシェリーの存在をちらつかせた。
マリリンは映画出演に同意した・・・後にこの決断をマリリンは後悔すること
になる。
その後まもなく、マリリンは映画『The Girl in Pink Tights』と『How
to Be Very,Very Popular』の出演を拒否した。これを予想していたフォ
ックスは、この2作品でシェリー・ノースがマリリン・モンローにとって代わ
ると発表した。このときは、マリリンは会社に反撃しなかった。
『How to Be Very,Very Popular』(1955)の封切りに際してはかなり
の期待が寄せられた。おそらく、フォックス社からの働きかけがあったのか、
無名の新人シェリーが『ライフ』誌の表紙を飾った。『ロサンゼルス・タイム
ズ』紙もシェリーを歓迎して「シェリー・イン、マリリン・アウト」と大きく
取り上げ、「二人の女優の違いはただひとつ、『シェリーは仕事をする』とい
う点だ」と評した。
『How to Be Very,Very Popular』の制作は1955年の2月に始まっ
た。
その年のうちに公開されたが、評判はよくなかった。『The Girl in Pin
k Tights』の制作は棚上げにされてしまった。シェリーがマリリンにとって代
わるという会社の思惑は失敗に終わった。1956年にマリリンが勝ち誇って
フォックス社に戻ると、シェリーの存在はかすんでしまった。
1980年、テレビ映画『マリリン・・・語られざる物語』の中でシェリ
ーはマリリンの母親役を演じることになった。また、シェリーはこの映画のセ
リフのコーチも務めている。
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