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LAURENCE OLIVIER(ローレンス・オリヴィエ 俳優)
「黒と白の最高のコンビ」
ジョシュア・ローガン監督、オリヴィエとモンローのことを。
「いいよ、マリリン、セクシーになるんだ 」
オリヴィエ、『王子と踊子』の撮影で。
「シーンの説明をするときにはこうしたほうがいいと教えてくれなかったから、
マリリンは話の途中で行ってしまったよ」
オリヴィエ、ジョシュア・ローガンに。
サー・ローレンス・オリヴィエは我々の時代の、舞台、映画における最高の
俳優として広く知られている。1907年生まれ。40歳でナイトの爵位を授か
る。
『嵐が丘』(1939)、『レベッカ』(1940)、『ヘンリー五世』(1944
年主演アカデミー特別賞)、『ハムレット』(1948年アカデミー主演男優
賞)、『リチャード三世』(1956)、『探偵スルース』(1972)、『
マラソン・マン』(1976)など数多くの作品に出演。
1956年に、マリリン・モンローが『王子と踊子』でローレンス・オリヴ
ィエと共演すると発表したとき、世間は冗談としか受け取らなかった。それで
も、マリリンは映画を撮った。さらに、宣伝用ビラにはマリリンの名前はオリ
ヴィエ卿よりも上に出ていた。ちなみに、オリヴィエはこの作品では監督も兼
ねていた。
1956年の制作発表のあとで、イギリスに戻ったオリヴィエは、マリリン
から電報を受け取った。「早くお会いしたいわ」とだけあった。アメリカの女
王とイギリスのナイトの間で交わされた、まれに見る、愛の言葉だった。
撮影最初のころのラッシュを見たオリヴィエは、「あなたの歯は黄色すぎる
」とマリリンに言った。レモンとベーキング・ソーダで磨くといい、と助言し
た。オリヴィアよりもえらいマリリンは、侮辱されたと、腹をたてた。オリヴ
ィエにしてみれば、マリリンの採用している演技のメソッドが大嫌いで、撮影
現場でマリリンの指導にあたるポーラ・ストラスバーグの存在をうとましく思
っていた。そして、相変わらず遅刻を繰り返すマリリンのプロ意識の欠如にう
んざりしていたのだ。
オリヴィエはマリリンを「プロの素人」と言ったことがあった。マリリンも
陰では「サー・オリヴィエ」とか「サーさん」とか馬鹿にして言っていた。
マリリン・モンローをよく思っていなかったのは傍目にも明らかだったが、
それでも、ローレンス・オリヴィエは『王子と踊子』の完成に際してこう語っ
た。
「私は申し分なくできた。そして、マリリン! マリリンはとてもよかった、
最高だった。それがどうした?」
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