「究極のマリリン・モンロー A-Z 」 ( 62 )
PLAYBOY MAGAZINE(「プレイボーイ」誌)
マリリン・モンローは「プレイボーイ」の初代プレイメイトである。195
3年12月の創刊号の表紙を飾った。創刊号の特集はマリリンのヌード・カレ
ンダー。「プレイボーイ」の主幹ヒュー・ヘフナーがわずか500ドルで手に
入れたものだった。比類なく美しいMMのヌードで、「プレイボーイ」は即、売
り切れた。ヘフナーのバニー帝国の歴史が始まることになる。
1962年のマリリンの死後まもなく、「プレイボーイ」は『女房は生きて
いた』のプールでのヌード写真をカメラマンのローレンス・シラーから250
00ドルで買い取った。当時としては破格の値段だった。このヌード写真は1
962年12月号に掲載される予定だった。それだけではなく、雑誌の表、裏
のカバーにもマリリンは写真を載せることを承諾していた。表のカバーは、白
のストールだけをまとったMM、裏はその後ろ姿という企画だった。
ところが、撮影予定の前の木曜日に、パット・ニューカムからヘフナーにキャ
ンセルの電話があった。マリリンの気がかわったというのだった。
そして、日曜日、MMはブレントウッドの自宅で死体となって発見される。
「プレイボーイ」はシラーのヌードを公表するのを慎重に待った。1964
年1月号で、14ページにわたるMMの特集を組んだ。
あれから何年もたった今でも、「プレイボーイ」の初恋はMM。
1987年1月号の「プレイボーイ」には、MMの1946年頃のヌードが
載った。撮影はイラストレーターのアール・モラン、40年もの間、封印され
ていたものだ。
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