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 SALARY(給料)

 マリリン・モンローは、おそらく、ハリウッドの映画史上でもっとも稼ぎの 少ない大スターであったろう。
 たとえば、その代表作のひとつである『紳士は金髪がお好き』(1953)では、 わずか1万8000ドルしか手にしていない。この映画で共演したジェーン・ラッ セルの報酬が10万ドル(20万ドルとも言われているが)であったことと比べる と、なんとお粗末なことだろう。
 1955年に彼女がストライキを起こしてから、やっと、スターとして相応の報 酬を得るようになったのである。

1. ラジオ・プレーン・カンパニー(1943―4頃) 週給20ドル。
2. ラジオ・プレーン退職時(1945) 週給50ドル。
3. 駆け出しのモデル時代(1945) 時給5ドル。
4. ホルガ・スティール・カンパニー(1945) 日給10ドル。
5. カメラマン、アンドレ・ド・ディーンのモデルとして 
                 (1945 クリスマス)均一200ドル。
6. イラストレーター、アール・モーランのモデルとして
                 (1946―50)時給10ドル。
7. 20世紀フォックス社との最初の契約(1946) 週給75ドル。 
8. フォックス社との再契約(1946) 週給150ドル。
9. コロムビア映画との契約(1948) 週給125ドル。
10. カレンダーのヌード・モデル(1949) 50ドル。
11. 『Love Happy』のキャンペーン(1949) 週給100ドル。
12. 『アスファルト・ジャングル』(1950) 週給350ドル。(このうち、MMが
   手にしたのは1050ドル)
13. フォックス社との契約(1951) 週給500ドル
      最高額週給1500ドルまで半年ごとに昇給という契約も含む
14. 『Clash by Night』(1952) 週給500ドル

15. 『We're Not Married』(1952) 週給750ドル 16. 1952年末 週給1000ドル
17. 『紳士は金髪がお好き』(1953) 週給1250ドル
18. 1953年5月11日 週給1500ドル(契約の最高額に達する)
19. 『ジャック・ベニー・ショー』に出演 (1953年9月) 黒のキャデラッ
   クをもらう。
20. 『帰らざる河』(1954)『ショーほど素敵な商売はない』(1954)『七年
   目の浮気』(1955)
                          週給1500ドル
21. フォックスとの契約(1956) 一作品につき10万ドル、さらに週給500ドル
22. 『お熱いのがお好き』(1959) 10万ドル、さらに収益の10パーセント
23. 『荒馬と女』(1961) 30万ドル、さらに収益の10パーセント
24. 『女房は生きていた』(1962)の報酬として、10万ドルが約束されていた。

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