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クララ・ボウ(女優) Clara Bow
1905.8.6−−1965.9.27
気まぐれ Whim
「セックス・シンボルは重荷だわ。疲れたり、傷ついたり、困ったりしているときはとく
にね」
「私はハリウッドでは好奇の目で見られる。根っからの変わりものなの」
クララ・ボウはサイレント映画スタ−の座にのぼりつめ、引退後はレックス・ベルと結
婚し、ネヴァダ州副知事夫人となった。
クララはニュ−ヨ−クのブルックリンの貧しい家庭の一人っ子として生まれた。
クララの初体験は父のロバ−ト・ボウ。十六歳のときだった。クララの母は精神を病ん
でいて、病院に入っていた。家事や父の食事の世話をクララに頼んでいた。父もまた精神
を病んでいた。娘を妻と間違えたのだ。
近所で一番、汚い恰好をしていたので、女の子たちの仲間には入れてもらえない。彼女
の遊び仲間はもっぱら、男の子だった。ときにはボクシングをして遊んだ。
クララが雑誌の美人コンテストに応募したことがわかると母は激怒して、肉切り包丁を
娘に当てた。
「女優になる前に殺してやる」
幸い難を逃れたが、その後、クララは不眠症になった。
だが、美人コンテストに優勝したクララはハリウッドに進出し、パラマウントと契約。
からだつきはボ−イッシュで、胸も小さかっ
たが、十七歳で『モダンガ−ルと山男』でデ
ビュ−し、『人罠』そして『あれ』(IT)
で、セックスの女神と呼ばれた(のちには、
週に七千五百ドルも稼ぐようになる)。もっ
とも、批評家に注目されたのは『船に打ち乗
り海原指して』で、男装をした子役だった。
クララは数多くの相手と恋をした。俳優の
ギルバ−ド・ロ−ランド、ヴィクタ−・フレ
ミング監督、俳優のゲイリ−・ク−パ−、ジ
ョン・ギルバ−ド、エディ・キャンタ−、怪
優のベラ・ルゴシなど。
最も有名なのはクラ−ク・ゲ−ブル。彼は
クララの映画『イット』にも主演したため、
クララの”イット・ガ−ル”に対抗して、”
イット・ボーイ”とあだ名をつけられた(イ
ットはセックスそのものの意味だ)。
「クラ−クったら、私とワンちゃんを風呂に
入れてくれたわ。彼のは馬より大きいのよ」
とクララは馬鹿なことを言って人気俳優との
噂をことさら自慢した。
クララは騒々しい連中が好きで、USC(
南カリフォルニア大学)のフットボールチー
ムの面々を、彼女はべヴァリーヒルズの邸宅
に招待したことがある。芝生の上で、裸でフ
ットボールをやって一晩中大騒ぎをし、一度
に何人も相手にした。
クララはあるとき、大学生のフットボール
選手と熱烈な恋愛をした。彼はふられたこと
がわかると、手首を切って自殺を図った。
「まあ驚いた、あの人おかしいわね。男は手
首なんか切らないでピストルを使うものよ」
とクララは冷たく言った。
作家のスコット・フィッツジェラルドが喧
騒に満ちたアメリカの二〇年代を文学で表現
したとすれば、クララは映画の世界で表現し
た。二〇年代はボウ一色になった。
クララは二十二歳までに、すでに四十八本
の映画に出演していた。一九二七年当時、フ
ァンレターの数は年に四万通に達したほどの
人気だった。
目の覚めるようなオレンジ色に髪を染め、
その色に合う愛犬を二匹横に座らせて、オー
プンカーに乗り、サンセット大通りを猛スピ
ードでぶっ飛ばした。
「男どもは自分勝手な理由をつけて私を変え
ようとする。でも、いまの私が良くて好きに
なったんじゃないの? 男ってものがわかれ
ばわかるほど、ワンちゃんのほうがますます
可愛くなっちゃうわ」
そうかと思うと、ラスベガスでは大金を賭
けたりした。
クララの私生活は乱れていたが、それが公
けになったのは、一九三一年に起こった事件
だ。秘書のデイジ−・デヴォ−が一万五千ド
ルの大金を横領したため、クララが責任を問
われて告訴された。
秘書は有罪になったが、クララは相手側の
弁護士から訴えられた。
「そのお金はすべてあなたの酒やドラッグ代
やジゴロなどのために消えたではないか」
秘書はクビになった腹いせにクララの男関
係をスキャンダル紙に売ったのである。
「全裸のジャズ・ベイビー(はりきり娘、ク
ララのこと)にオイルを塗りたくる医師」
「セックスするときは真面目になる巨大な持
ち主のコメディアンとは一晩に五回したこと
もあるわ」
登場する男たちのリストはタブロイド紙に
収まりきれなかった。
これはクララを破滅に追い込んでいった。
多くの男との遍歴を重ねたクララの前に最
後に登場したのは、西部劇俳優のレックス・
ベルである。ベルは熱心な共和党員で、一九
五〇年代にはネヴァダ州の副知事を二回つと
めている。
二人は一九三一年に結婚した。先のデイジ
−・デヴォア裁判、カムバックの失敗などを
夫のベルは優しく慰めた。
映画女優としてのキャリアは下降線を辿っ
ていた。ト−キ−映画の時代になって、クラ
ラのかすれた声が大衆に好まれなかった。さ
らに、気まぐれでヴァイタリティに溢れた彼
女のライフスタイルが大きな障害になってし
まった。
そのうえ、時代の波は彼女のようなフラッ
パ−・タイプの女優をスクリ−ンから追い出
した。
『フ−ブラ』でカムバックを試みたものの、
失敗した。クララの役は、ハ−ドボイルドの
女優メイ・ウエスト・タイプの役だった。当
時まだメイ・ウエストが健在だったので、誰
が演じようと本物にかなうわけがない。
さらに、”イット・ガ−ル”というレッテ
ルが貼られたまま乗り越えられなかったこと
が災いした。一九三三年、ついい引退に追い
やられた。
晩年のクララは精神に異常をきたして、サ
ナトリウムで長い間暮らした。夫のベルが急
死した四年後、彼女も亡くなった。
クララは亡くなる少し前にかつての元気な
フラッパ−らしい元気さを取り戻し、こんな
ことを言っている。
「なんといってもいままでの人生、とっても
楽しかったわ。これまで、ボロボロだったけ
れども、それだって好き勝手に生きてきたか
ら」
さらに後輩にも鋭い批判の言葉を吐いてい
る。
「最近のみなさんは引退するときもぴんぴん
している。まだ元気いっぱい。でも、あたし
たちのときのほうがずっとおもしろかったわ
」
余裕のある人生なんて、おもしろくもない
というのが、クララの言い分である。
「クララは男がいじめたくなる女だ」
いじめたプロデュ−サ−のサム・ジャフィ
は、そう言った。
ハリウッド・ジョ−クの一つにこんなのが
ある。
「クララ・ボウはリノリウム以外は誰とでも
寝る」
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