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ラナ・ターナー(女優) Lana Turner
1911.3.3−−1937.6.7
赤ん坊 baby
ラナ・ターナーといえばどうしても「不幸
な事件」がついてまわる。ラナと二人目の夫
との間にできた娘チェリルがラナの当時の愛
人を殺害した事件のことだ。
「助けてください。たいへんなことが起きて
しまって」
一九五八年四月四日金曜日、ロサンゼルス
の有名な弁護士ゲイズラ−はべヴァリーヒル
ズにあるコロニアル様式の邸宅に急行した。
ピンク色で統一された寝室には男が血まみれ
で横たわっていた。その側で、スクリーンで
見た有名な女優が泣きわめき、ヒステリー状
態の娘が立ちすくんでいる。
殺された男は通称、ジョニー、ギャングの
用心棒で、悪名高きジゴロ、ハリウッドで名
うてのナンパ師だ。ジョニ−はラナの稼ぐ金
を湯水のように使い、あげくに暴力を振るっ
た。
ラナは泣きながらわめいた。
「あたしの前からとっとと消えて!」
ジョニ−は怒鳴り散らした。
「おまえの顔をめちゃくちゃにしてやる」
二番目の夫の娘、チェリルは二人の言い争
う声を聞いた。母のことが心配なチェリルは
キッチンに駆けこみ、肉切りナイフを掴むと
寝室に様子を見に行った。
「大丈夫」
と母から言われて、いったんは自分の部屋
に戻ってが、再び母の悲鳴が聞こえた。
ジョニ−はハンガ−に掛けられた洋服を掴
んで、肩に掛けて凄んでいた。遠くからは凶
器のように見えた。チェリルは包丁を握りし
めて、母親を守ろうとした。とっさに、チェ
リルはジョニ−の胃の辺りを刺した。
男が母に乱暴を働くので、見るに見かねて
殺したと泣きながら娘は打ち明けた。
のちには「チェリルもジョニ−を愛してお
り、三角関係のもつれの上の犯行」という噂
も立った。あるいは、ラナ自身の犯行で、罪
を逃れるために、未成年の娘に犯行を押しつ
けたという説もある。実際には、マフィアが
ジョニ−と性交中のラナの声を録音し、ひそ
かに売りさばいていたことが背景にある。
この殺人事件はさすがのハリウッド雀をも
震えあがらせた。
「スキャンダル女優」と呼ばれたラナ・タ−
ナ−は一九二〇年アイダホ州ウォリスの生ま
れ。本名はジュリア・ジ−ン・ミルドレッド
・タ−ナ−。父ヴァ−ジル・タ−ナ−は教師
とも炭鉱夫だったともいわれる。いずれにし
ろ、放浪癖のある男だったらしい。まだ彼女
が小さいころ、一家はカリフォルニアに移っ
た。
「父はいつも家をあけていて、そのつど名前
を変えていたから、どれが本名かわからなか
った」とラナは言う。
両親が別居し、ラナは養父母に預けられる
ことになるが、実父が強盗に殺されたため、
母と一緒に暮らすことになった。
幸運はひょんなことからやってきた。
十五歳のとき、たまたまロサンゼルスのド
ラッグストアにいたところを、映画業界紙『
ハリウッド・レポ−タ−』の記者ビリ−・ウ
ィルカ−スンの目に留まり、彼がエ−ジェン
トとなって、ワ−ナ−映画に連れて行った。
最初は端役だったが、十七歳のときに出た『
忘れてはくれない』で注目を浴び始めた。
薄手のスウェ−タ−にバストラインを強調
した「スウェ−タ−・ガ−ル」のキャッチフ
レ−ズでGIの間でピンナップ・ガ−ルとし
て人気を集めた。
そのときの監督、マ−ヴィン・ルロイがM
GMに移籍するとともにラナも引き連れて出
た。ミッキ−・ル−ニ−主演の青春映画シリ
−ズの相手役に抜擢された。
ラナの男性遍歴はいかにもハリウッドらし
く乱脈をきわめた。フランク・シナトラ、ハ
ワード・ヒューズなどの芸能界や実業界の大
物たちとの情事で、彼女は艶名を馳せた。
ラナは日曜日には、ひんぱんにパ−ティを
開いたが、あるときまだ明るい時間に始まり
夜になっても騒ぎがおさまらない。
たまりかねたラナの母が怒鳴った。
「聞いてなかったの? パ−ルハ−バ−が攻
撃されたのよ」
一九四六年の映画『郵便配達夫は二度ベル
を鳴らす』(原作はジェ−ムズ・M・ケイン
)でトップスターの座にのしあがった。彼女
が演じたコーラはドライブインを経営する男
の妻。夫に飽きた妻は流れ者の男をそそのか
して夫を殺害するのだ。この悪女はラナのは
まり役と大評判となった。
一九四七年には『大地は怒る』、四八年『
帰郷』『三銃士』に出演した。
しかし、一九五〇年を境にラナの出た作品は
興業的にことごとく失敗する。MGMは彼女
をさほど演技力を必要としないミュ−ジカル
に出演させ打開策をはかったが、それもまた
失敗する。MGMは契約切れを理由に再契約
を拒否。ラナは二十世紀フォックスと契約し
た。さらにユニヴァ−サルに移籍して、二作
目の『青春物語』(五七年)が空前の大ヒッ
トとなるのである。
『青春物語』は、第二次大戦後、アメリカ中
流社会に生きる二人の少女の物語。義父に暴
行を受けた少女の一人セレナは、あやまって
糧を殺害してしまい、裁判にかけられるとい
う物語だ。
公開されたときは、さほど評判にならなか
ったが、先に述べた事件が観客の想像力をか
きたてた。『青春物語』のセクシャルな内容
も観客の想像をかき立てて、映画は大ヒット
につながった。
マスコミは一様にラナに同情的で、いちや
く彼女は悲劇のヒロインに祭りあげられてし
まった。
反動で、映画は酷評。「ラナは女優にあら
ず」などと書かれた。
「ハリウッド・クイ−ン」などと呼ばれたこ
ともあるが、一九五〇年代になると状況が変
わった。エリザベス・テイラ−、グレ−ス・
ケリ−、オ−ドリ−・ヘップバ−ンなどのス
タ−が登場、さらにはマリリン・モンロ−に
よってセックス・シンボルの座も奪われてし
まう。
しかし、こんなことで挫けるラナではなか
った。振り返ってみれば、私生活でも彼女は
百戦錬磨であった。ラナは七度の結婚、七度
の離婚を経験していたことになる。
最初の結婚は一九四一年で二十歳のとき、
相手はバンドリ−ダ−として有名だったア−
ティ・ショ−。この結婚生活はわずか一年し
か続かなかった。四四年には弁護士のスティ
−ヴ・クレインと、五二年には実業家のヘン
リ−・トッピングとも離婚をしている。
一九五三年には肉体派俳優のレックス・バ
−カ−と結婚、五七年に離婚。六〇年にフレ
ッド・メイと結婚、六二年には離婚。六五年
、ロバ−ト・イ−トンと結婚、六九年には離
婚。同じ年にロナルド・ダンテ博士と結婚し
て、七二年に離婚している。
「夫は、一人、子どもは七人が夢なの」
とラナは言っているが、現実には一人の子
どもと七人の夫だった。
「セックスなんて重要じゃない」と言ってい
たが、実際はセックス三昧。ジョニーとの事
件でSM嗜好が明らかにされた。
「あまり激しくて痛いくらい。怖いけど、最
高よ」
ジョニーは”オスカー”というニックネー
ムをもっていた。オスカー像は十三・五イン
チ(約三十四センチ)ほどある。彼の逸物は
オスカ−と同じサイズだからだ。
ラナは結婚と離婚を繰り返してきたが子ど
もはチェリル一人だけだった。彼女は、「マ
マの四番目の夫だったレックス・バ−カ−か
ら性的虐待を受けた」と告白している。
ラナの恋人たちに大物が多かった。
クラ−ク・ゲ−ブル、ロバ−ト・テイラ−
やビクタ−・マチュアなど。それらの男た
ちと噂になるたびに、彼女は、のしあがってき
た」のだった。
「彼女は女優なんかじゃない。ただの売春婦
よ」と女優のグロリア・スワンソンは言って
いる。
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