新ボストンに友情あり
1.ボストンの美人武術家
リダ・エリオットさん。ボストン出身のアメリカ人の父と日本人の母の間に東京で生まれた。そんな彼女が昨年(1997年)ボストンの南地区のサウス・エンドと呼ばれる地域に武術のスタジオを開いた。名称はマインド・ボディ・スピリット・ファクトリー。
「身体と精神、心との結びつき。肉体を動かすことで精神や心に平穏な状態をもたらすことを目的としています」
顔だけ見ていると、まるで美しい日本人形のようだ。流暢な英語で話すリダは、私が英語についていけないと分かると、日本語に切り換えた。完璧なバイリンガルだ。
「私はずっと武術をやりたいと思っていました。子供の頃、中国人の少女が主人公の漫画を愛読していました。少女は言葉のアクセントなどで、よくからかわれたのです。でも、彼女はカンフーを知っていたおかげで、自分を守ることができました。私は小さい頃、とても内気だったので、その主人公のような強さと自信をもちたいと思いました」
しかし、母の陽子は、リダとは違った考え方をもっていた。娘をバレエ・ダンサーにさせたかったのである。 「小さい頃は、親のいうことは聞くものです。私も親の意見に従いました」
リダはバレエ・アーツ・オブ・カーネギーの東京支部でダンスを習うことになった。13年間ダンスを学び、その間に「ピーターパン」の役で主役を演じたこともある。 横浜のセント・モル・インターナショナル・スクールを卒業して、1986年9月にボストン大学に進学、心理学を専攻した。
大学に通うようになっても、彼女は相変わらず内気で、自分を変えるようなことをしたいと思い続けてきた。
「まず、演劇をそれからカンフーをやってみました。結局、カンフーが大好きになり、気がついてみると、競技に出たりするようになっていました」
これまでに、リダは多くの大会に出て、賞も獲得している。1995年、全米武術大会の八卦掌部門で優勝している。
そしてついに念願の自分のスタジオをもつようになった。百平米ほどの広さで、アメリカのこの手のスタジオとしては小じんまりとしているほうだが、充分に満足している。 壁の片面は鏡張りで、もう一方はスタジオ正面に当たり、通りを行く人々が興味にかられて見ている。
「大きいクラスなどで、マイクを使って教えていたこともありましたが、このほうが心が通いあいます」
ビジネスとしては割に合わないが、小さい教室での指導は、むしろやりがいがあると彼女は思っている。太極拳のクラスのレッスンで、ストレッチから始めるとき、リダは形式ばった指示や説明などはしない。
「ワン、ツウ、スリー」 生徒たちにゆっくりとストレッチを教える。
「今日は何をしたの?」
多くの人は仕事が終わってから真っ直ぐにこのクラスにやってくる。忙しい1日から、静かな、ゆったりとした気分になれるように心をほぐしていく。
「太極拳は、書道のようなものです。書道では一つ一つの動きがとても重要です」
リダがやってきたことは、どれも身体の動きに関わるもののようだ。
「私は音楽や絵も好き・・・ダンスと武術を結びつけたパフォーマンスのグループも教えています」
以前、リダはバック・ベイと呼ばれる高級住宅街で教えていた。
「いまより大きくて、生徒もおおぜいいましたが、地域的なつながりが欠けていて、好きになれませんでした」
そんなある日、彼女は飼っている犬のエサを買いに、サウス・エンドのショーマット・アベニューのペット・ショップ・ガールズに行った。そのとき、いま彼女がいるこの場所に貸室の看板を見つけたのだ。
「ここだと思ったわ」
チャンス到来、最小限に手を加えただけで空間がスタジオになった。
サウス・エンドに来てから、キュートで、一風変わっていて、気取らない場所をたくさん見つけた。ゲイや、ヒスパニック、中国人、黒人、白人などの人種が集まっている。この地域はつい最近までは、危険な場所と言われていて、赤信号でもけっして止まらないで、走り続けなさいといわれたほどだ。
現在も、日本のガイドブックなどには、「近寄らないように」と注意書きしてある。
リダは笑いながら言う。
「それではボストンでもっともおもしろいところの一つを見逃すことになりますよ」
このサウス・エンドでリダがよく出かけるのはジョフリーズ・カフェ。このレストランのデザートは最高。
「ウ〜〜〜ん」
と、リダは普通の女の子の表情を見せた。
その他にボストンでリダの好きな場所は、ロイヤル・ソネスタ・ホテルのそばにあるボートクラブ。
「ホテルの裏手にあるベンチに座って、大きな帆船や町並みを眺めるのが好きです」
ボストンの中心を流れるチャールズ川はここからの眺めが最高だ。
「ジョギングをしたり、ピクニックをする人たちのいる川の向こう側よりもずっと静かです。私の小さな秘密の場所かも」
そうしたとき、ふと日本の光景を思い浮かべることがある。
「横浜の三渓園に父と一緒に行って、公園の近くの店で、おだんごやお煎餅を食べたこともありました。放課後、高校のクラスメートと制服のまま元町に行って、お茶やケーキをしたこともありますよ」
日本を愛するリダがなぜ空手や合気道などの日本の武道でなくて、中国の武術、太極拳を選んだのか、私には疑問に思えた。
「日本の武術は直線的、まっすぐでぎこちないところがあります。中国の武術は、より複雑で、円を描くような・・・技の要素がより多くあります」
なるほど、彼女の説明で私はおおいに納得した。
スタジオの窓には彼女の大きな写真が貼ってある。ダークブラウンの長い髪に、同じくダークブラウンの目が魅力的だ。
外見や国籍はアメリカ人だが、リダは日本人のかつてもっていた優しい心をもち続けている。
「私としてはこのまま、よりよい状態で続けていきたいのです。自分自身でやることも、教えることも、ビジネス?もう少し生徒が多くなればいいかもしれないけれど。でも、私はビジネスに積極的な人間ではありません。ただ続けていこうと思っています。この道を進んでいけば、私が望むところにたどりつくでしょう」
強くて、美人、優しいリダ先生に弟子入りすることに私は決めた。彼女に肉体も精神も心ももういちど鍛え直してもらいたいと思った。いまならまだ間に合うかもしれない。
















