新ボストンに友情あり

 4.心やさしき国際派写真家

 ジェフ・ダンはいつも、ひとり息子が目覚める朝7時に起きる。

「私の仕事は、時間が不規則です。寝る時間は一定していませんが、起きる時間はいつも同じです」

 ジェフ・ダンは自他ともに認めるワーカホリックだ。働きバチだ。
 かつて、働きバチといえば、日本人のことだったが、アメリカ人も例外ではない。

「私は眠りの質がいいんです。短時間でも充分なんです」

 ジェフは、一人息子との時間をとても大切にしている。

「遅くにできた子どもですからね。とりわけかわいいんです」

 ボストン市と隣接したケンブリッジのスタジオに行くまでの時間を、息子と過ごす。
 朝食は、ベーグル(彼の大好物の一つ)にフルーツ、それにジュースを取る。
 最近は大好きなコーヒーをあまりとらないなど、健康に気を使っている。

「これも家族のためです。妻もそのことにとっても気を使ってくれます。この幸せを大切に思っています」

 ケンブリッジのオフィスには、たいてい10時までに着くようにしている。  撮影の仕事がないときには、スタジオ内でオフィスワークをする。特別のプロジェクトでないかぎり、何事も自分でやる。アシスタントまかせにしない。
 スライドをファイルしたり、写真を複製したり、電話をしたりと多忙だ。ジェフの仕事ぶりは、とても丁寧だとクライアントの評判も高い。

「週に4、5回ランチを取りに外出します。クライアントと夕食を外でとるのは、1、2回にとどめています」

 忙しいスケジュールをやりくりして、ジェフは、仕事先から家路に急ぐ。
 今年、2歳半になるルーカス君の顔が見たくて仕方がないのだ。再婚で、40歳を過ぎてからの子どもだけに、ジェフにとってはまさに目に入れても痛くない(英語では、目の中のリンゴという表現を使う。聖書からきている。きわめて貴重の意)。
 たいてい午後7時には帰宅しているというから、どこかの国のカメラマンの常識とは、かなりかけ離れている。

「家族のために仕事をしていると思います。子どもを寝かしつけたり、寝顔を見ていたりすると、とっても幸せな気分になれるんです。そのとき、働いていてよかったとつくづく感じます」

 心やさしいジェフは、最初の結婚に失敗した。

「強いアメリカ女性は、嫌いですね。女性はやさしくないと」

 女性に失望しかけていた。
 日本人女性に憧れたこともある。
 ジェフの想像している日本人女性は、古風で、見つけるのがむずかしいと心配していたら、理想の女性に巡り会った。
 それが現在の妻ブラジル人女性、ビービーさんである。
 写真家ジェフ・ダンにとって、またブラジルは作品のテーマのひとつになっている。

「ブラジルはとっても危険なところと言われているけれども、私にとっては、そんなことはありません」

 この場所でも、人なつっこいジェフの人柄が多くの人を引き付けた。

「ブラジルはとても魅力的なところですよ。ボストンと同じくらい好きな都市です」

 ジェフは、誰とでも友だちになれる特技があるようだ。スラム街でも、観光客が集まる場所でも出かけていく。

「すばらしい人ばかりだった。とても親切にしてくれました」

 リオのカーニヴァルでも、多くのブラジル人を取材した。

 ジェフは、有名人の取材もする。料理研究家のジュディ・シカゴやヴィンセント・プライスあるいはB・Bキングを撮影した。
 ティナ・ターナーのコンサート写真を撮ったこともある。

「信じられないほどエネルギッシュで、やはりあの足は価値がありますね」

 ティナにもジェフは気に入られた。


 ボストンで、ジェフのお気に入りの場所はどこだろう?

「とくに、いろんなエスニック(人種)が混じりあっているのが好きですね」

 イタリア人街のあるノース・エンド。

「ここには、おいしいパスタを食べさせるところがたくさんあるからね」

 チャイナ・タウンもジェフの好きな場所のひとつだ。
 ジェフのスタジオのあるケンブリッジも、まさにエスニックの集合体だ。
 ケンブリッジは、MITやハーバード大学などがあることでも知られる。
 ジェフは、ランチタイムなどはスタジオ近くを歩く。人々はきさくだ。インド料理店で、ビュッフェスタイルのランチをとったあと、町を散策する。
 お気に入りのアイスクリーム店オーナー、ガスさんと会話を交わす。

「バーベキュー・パーティーを開くからこないか?」
「もちろん」

 ボストンとケンブリッジの間を流れているのが、チャールズ川だ。
 ボストンが舞台の映画『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』でも、チャールズ川は重要な場面で描かれていた。

「川は心をリラックスさせてくれますね」

 ケンブリッジのスタジオから、車で30分ほどの郊外に2エーカーの家をもっている。

「都市に近く、すぐれた環境です」

 夏は、家族とともに、海岸で過ごすことも多い。ノース・ショア、ケープコッドなどに行くのが好きだ。

「ボストンというホームベースがあるので、世界中を旅行できるんです。1年間に、3か月は旅行をします」

 ボストンは、アイルランドの影響が強い。ケネディ大統領もアイルランドの出身だ。

「ケネディが暗殺されたとき、私は6年生でした。先生は、泣いていました。私もとても、悲しかった」

 ジェフは、オズワルドが犯人だとは思わない。

「何か組織的な陰謀があると思います」

 ジェフにとっての21世紀は?

「私は2000年2月で47歳になり、50歳まであと3年ですが、いつまでも若くありたいですね。そして世界中を回りたいです。日本にもぜひ近いうちに」

 最後に、ジェフにとって写真とは何かを聞いてみた。

「私は写真を撮るのが好きです。未来の人に現代の人の姿を伝えたいと思います」

 1999年暮れ、ジェフはオハイオに、それからニューヨークに飛ぶ。
 そして感謝祭、クリスマスに間に合うように家族のもとに戻ってくる。プレゼントをいっぱい抱えて。

「子どもの笑顔を見ると、疲れがふっとんでしまいます」

 ジェフは、まず父であること、そして写真家であることに誇りをもっている。彼の作品はどれもあたたかい。