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聖林百話

35.20世紀最後の映画職人

  「自分の道具を知りつくし、それを巧みにもちいる棟梁」
 女優のマレーネ・ディートリッヒは、ビリー・ワイルダー監督を絶賛した。
 20世紀を代表する名匠、ワイルダーは今年、93歳。数々の傑作を生み出してきた。
 『失われた週末』『麗しのサブリナ』『翼よ!あれが巴里の灯だ』『昼下りの情事』などハリウッド映画史上に燦然と輝いている。
 1987年のアカデミー賞授賞式で、アーヴィング・タルバーグ賞を受けたビリー・ワイルダーは、アメリカに「感謝の気持ち」を表した。
 ナチスを逃れてアメリカに来たとき、ビザに必要な書類が足りなかったが、担当官が、「いい脚本を書きなさい」とビザを発行してくれた。「それが私の出発点」となった。
 英語も話せない、文無し同然の青年は大きな夢だけをもってアメリカにやってきた。
 1906年6月22日、ワイルダーは、オーストリア・ハンガリー帝国の人里離れた地に生まれた。本名はサミュエルで、通称はビル(アメリカへの憧れが強かった母が西 部 の開拓者バァッファロー・ビルにあやかってつけた)。20年代、文化の中心だったベルリンに出てフリーランスのライターになった。
 「私はジゴロだった」
 ホテルの雇われダンサーまがいのことをしたり、無名の女優たちと遊び歩いた。ディートリッヒもその一人(のちに『占領地の恋』に出演)。
 当時から、映画への強い関心を抱き、重厚な感じのヨーロッパ型ではなく、アメリカ指向だった。
 33年に、ヒトラーが権力の座につくと、ユダヤ人の彼はドイツを追われて、パリに逃亡。翌年には、メキシコ経由でアメリカに。母や家族はアウシュヴィッツ収容所 の ガス室に送られた。
 ハリウッドで食いつめて、ベンチで寝ていたところを、すでに名声を得ていたドイツ人俳優のピーター・ローレが助けた。「英語の話せる奴は何億といるが、アイデ ア のあるのは、彼一人だ」とルビッチ監督は彼の才能を認めた。
 36年にチャールズ・ブラケットと出会い「ハリウッド最高の脚本家コンビ」と呼ばれるようになる。ルビッチの『ニノチカ』そして『サンセット大通り』などの最高 傑 作をブラケットと共同で書いた。『サンセット大通り』では監督としても第一級であることを証明した。
 その後は、脚本家I・A・L・ダイヤモンドとコンビを組んで、『お熱いのがお好き』『アパートの鍵貸します』を監督。マリリン・モンローやジャック・レモンの 才 能を引き出した。『恋人よ帰れ!わが胸に』『フロント・ページ』では、ウォルター・マッソーを起用し、「タバスコを一振りしたような絶妙な効果」を出した。
 ワイルダーのシニカルな視点と発言は鋭い。
 「きみが羽振りのいい界隈に住んでいたら、おれはきみの歩いている地面にひざまずいて住むだろう」
 これは2人目の妻、オードリー・ヤングへの口説き文句。ワイルダーは、実際にその言葉どおりにしたというから徹底している。
 マリリン・モンローについて、「花崗岩みたいなおっぱいと、スイス・チーズみたいな脳みその持ち主」。クルーゾー警部のピーター・セラーズが心臓発作で死にか け ていた。「心臓発作?心臓(ハート)のない奴に発作なんて起きるものか」
 ワイルダー作品は、どれも高い収益をあげ、計7個のオスカー像を獲得、ノミネートは20回におよんでいる。
 どんなふうに死にたいかと聞かれてワイルダーは答えた。
 「104歳で、ものすごく健康で、どこかの亭主に殺されるのがいいな。そいつの奥さんと私が浮気をしているときに、現場を押さえられて撃たれるんだ」(『ビリ ー・ ワイルダー自作自伝』早川書房)
 ワイルダーなら、きっとそんな結末を迎えるだろう。
 憂鬱な気分を吹き飛ばすには、職人ワイルダー流ユーモアと辛口ジョークが効果的である。


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サンケイスポーツ 99.7.26

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