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2.あの”大看板”は星なのだ

 晴れた日には、25マイル(約46キロ)先から丘陵(マウント・リー)に横たわるHOLLYWOODの大看板 を見ることができる。
「このサインはハリウッドのエッフェル塔。私を勇気づけてくれる」(PLAYBOY創設者 ヒュー・ヘフナー)
 本年1月7日、サイン(金属板に白いペンキが塗られている)の老朽化がすすんだため改修することが 決まった。「ハリウッド・・・百年の歴史」を参考に変遷を振り返ってみよう。
 ハリウッド東部のフランクリン・アベニューからピーチウッド・ドライブを上がっていくと、おなじみの ハリウッド・サインが見える。マウント・リーの斜面にそびえるこのサインが建てられたのは、1923年のこと。 ロサンゼルス・タイムズ社のハリー・チャーンドラーの住宅分譲地を宣伝するためのものだった。
 高さ15メートル、幅135メートル、重量約2.1トン、建築費2万1000ドルを要した。
 1932年、1人の売れない女優が「H」の文字から飛び降り自殺をした。以来、そのペグ。エントウィスルという 名前は、ハリウッドに見果てぬ夢を抱く若い娘を意味することになった。
 本来の名称は、HOLLYWOODLANDだが、45年にLANDの文字が欠損し、13文字を嫌う米国人は残ったHOLLYWOODを シンボルとした。
 夜間には5000個の20ワットの電球が点る。管理人は「L」の文字の裏に住むことになっている。
 64年の悪天候で損傷を受けて荒廃したため、ハリウッドのキワニス。クラブは修復工事に4500ドルを投入した。
 77年には、再びひどい状態になり、今度は構造的にもかなりの損傷を受けた。調査に当たった技術者たちは 取り壊して再建するほうがいいと主張したほどだった。
 やがて、1番目の「O」が外れ、3番目の「O」が山に崩れた。2番目の「L」の下の部分が燃えてしまった。  78年、PLAYBOYのヒュー・ヘフナーは、マンションを開放して募金活動を行い、4万5000ドルの純益を上げて 修復に貢献した。その功績で「Y」は、彼に捧げられることになった。
 78年6月末、ハリウッドを熱愛するロックスター、アリス・クーパーは文字の再建費用に2万7700ドルを寄付した。 彼は名コメディアンのグルーチョ・マルクスを記念するものにしたいと申し出た。
 古くからハリウッド・サインの再建を目指し、ハリウッドを守り続けてきた1人に、往年のカウボーイスター、 ジーン・オートリーがいる。彼はロスで最初の民放テレビ局カリフォルニア・エンゼルス&ハリウッドKLATの オーナーだが、2番目の「L」に出資した。「サインはペプシ、コカコーラといったトレードマークみたいなもの。 ハリウッドの黄金時代、光栄の日々を思い出させてくれる」 ハリウッドをこよなく愛する歌手のアンディー・ ウィリアムズは「W」を、ブルー・ブックス社の代表レス・ケリーは「L」に出資した。
 ハリウッドの新しい世代もハリウッド・サインに関心を持っている。2番目の「O」はワーナー・ブラザース 社が、メレディス・ニュースペーパーズの発行者、テレンス・ドネリーは「H」、イタリアの映画プロデューサー、 ジョバンニ・マーツァは1番目の「O」に、ハリウッドのグラフィック・カンパニー”グリピット”のオーナーは 「D」を寄贈している。
 現在、私たちはこのサインをハリウッドの至るところから見ることはできるが、たどり着くには密集した茂みを クロスカントリーのようにかきわけていかないといけない・・・。道はないのだ。
 ハリウッド・サインは見上げる星のようなものかも知れない。
 「我々はどん底にいようとも、いつも星を見上げている」

サンケイスポーツ 1999/1/18 掲載

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