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聖林百話

16.名物ドアマンの退職

 ジョー・ショレンティーさん(79歳)は、53年間ドアマンとして勤めたニューヨークの名門「プラザ・ホテル」を、この1月16日に惜しまれながら去っていった。
 半世紀の間、ホテルのドアを出入りした一般のびと、有名人大統領たちとあいさつを交わし、それぞれの人生のドラマをかいま見てきた。
 1947年1月のこと、59番街を歩いていたジョーは初めてプラザ・ホテルのドアマンを見た。ユニフォームには真鍮の飾りがたくさん付いている。まるで将校のようだった。「戦争中はずっと下仕官だったので、よし、これで将校になろう」と即座にきめた。
 報酬は週12.40ドル。初仕事はエレベーターの案内係。最初のお客様はチャーリー・チャップリンだった。
 ドアマンの仕事に移ってから、大勢の有名人と親しくなっていった。ケーリー・グラントは「やあ、ジョー、元気かい?」といつも声をかけてくれた。フランク・シナトラはたいてい5ドルから10ドルのチップをはずんでくれた。シナトラはラナ・ターナーを追いかけて6階まで上がっていったことがあった。まだ誰も二人の仲に気づいていないときのことだった。こっそり裏口から出ていくのに遭遇したこともあった。
 噂になる前のリタ・ヘイワースとアリ・カーンを目撃したこともある。
「何といっても最大の脱出を手伝ったのは、ビートルズ。1964年に「エド・サリバン・ショー」に出演したときのこと。ホテルの前には何千人という女の子が警官に阻止されながら悲鳴を上げていた。私は彼らを地下に誘導し、厨房から従業員専用の出口に連れ出した。そこからなら、地下の駅を抜けて通りに出られる。そこには彼らのリムジンが待機していた。マネージャーのブライアン・エプスタインは20ドルのチップをくれた。
 その後、ビートルズはお礼にコンサートのチケットを2枚送ってくれた。私は娘のシンディを連れていった。もちろん娘はすっかり舞い上がっていたよ」
 ビル・クリントンには会ったことはないが、アイゼンハワーからレーガンまでのどの大統領とも顔なじみだったと誇らしげに語った。
「五番街の天使」の姿はいつまでも人々の胸に残るだろう。

「People」  Feb.14.2000

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