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聖林百話

6.”チャップリンの待つ”ホテル

 今年の第1回アカデミー賞候補作は第2次大戦の欧州戦線を再現した『プライベート・ライアン』と、若き日の文豪を描いたコメディー『恋に落ちたシェイクスピア』に関心が集まっている。『タイム』誌などは<戦争が勝つか、愛が勝つか>と特集を組んだ。3月21日、勝利の女神はどちらに微笑むのか?
 そのアカデミー賞の第1回受賞式が行われたのが、チャイニーズ・シアターの前にあるハリウッド・ルーズヴエルト・ホテルだ。このホテルはセオドア・ルーズヴエルト大統領の名にちなんでつけられた。
 ホテルに入ると、ベンチに座ったブロンズのチャツプリン像が迎えてくれる。筆者などは、何度も喜劇王とのツー・ショットを楽しんだ。
 ロビーにたたずんでいると、スターたちがいまにも現れてきそうで幸せな気分にひたれる(亡霊が出るという噂もあるが、もしそうならぜひ会ってみたいものだ)。
 このホテルが開業したのは1927年のこと。メアリー・ピックフォード、ダグラス・フェアバンクス夫妻、ジョセフ・スケンク、MGMのルイス・B・メイヤー、マーカス・ロウといった映画人たちが、「スターたちの我が家」となるホテルのオープンをシャンパンとキャビアで祝った。その年、映画芸術科学アカデミーの本部が同ホテルに置かれることになった。
 世界中が大不況で、映画界はトーキーになる直前、なんとかこの危機を脱したいとメイヤーたちが「何かおもしろいことをやろう」と考えたところからアカデミー賞は生まれたのである。
 1929年5月16日、第1回目のアカデミー受賞式がルーズヴェルト・ホテルのブロッサム・ルームで開かれた。午後8時に、映画芸術利学アカデミーの会員200人が集まった。授賞式というよりもディナー・パーティーで、ひな鳥、ロブスター、カメのスープなどの豪華な料理でもてなされた。
 食事のあとが受賞式で、(現在は授賞式後にパーティーがある)会長のダグラス・フェラバンクスが受賞者のテーブルまで行ってブロンズ像を手渡した。主演女優賞は、ジャネット・ゲイナー、主演男優賞は、エミール・ヤニングス。
 ホテルはムーア人が造らせたようなパティオ(スペイン風の中庭)と噴水があり、バルコニーにはドレープか掛けられていた。
 このホテルに泊まることがスターや名士たる証だった。
「気温は28度だというのに、どこを見ても黒のサテン、白い羽根飾りや毛皮をまとったブロンドの女たちばかりだった」と1929年頃の様子をハリウッドの人気脚本家アニタ・ルースは書いている。
 1934年、映画スターになりたいと大きな夢を抱く男が希望に燃えて、ハリウッドにやってきた。22歳で無一文だった彼はいつの日か、自分もオスカーを手にすることを夢みながらプロッサム・ルームに入ろうとした。
「その部屋に入ろうとすると、従業員用の部屋に案内された。私が職を探していると思ったんだろうね」
 若き日の俳優のデヴィツド・ニーヴンである。それから24年後の1958年に、『旅路』で主演男優賞を受賞している。
 ホテル内の伝統的なクラブ、シネグリルはへミングウェイやフィッツジェラルドが常連客だった。マリリン・モンローのお気に入りの場所でもあった。現在もカクテルを飲みながら、ライヴ演奏を楽しめる。
 ハネムーンの力ップルや恋に破れた人には、クラーク・ゲーブルとキヤロル・ロンバートが密会した「有名人の部屋」(セレブリティ・ルーム)をお勧めする。あるいは「映画のテーマの部屋」や「ハリウッドの部屋」でもいいだろう。
 もちろん泊まらなくても、中2階に展示してある<ハリウッドの歴史>を見るだけでも価値がある。
 そして、筆者は同じフロアにあるトイレに入って用を足した。小柄なチャツプリンにはこの朝顔(便器)の位置は高すぎたのではないかと考えながら聞いてみた。
 今年のアカデミー賞は?
「愛が勝つ」チャップリンは答えた。

サンケイスポーツ 1999/2/22 掲載

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