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聖林百話
8.”シアター”復興の感動ドラマ
アメリカン・シネマテックがこのほどエジプシヤン・シアターを修復させた。いかにもアメ リカらしい復興のドラマを見せてくれて嬉しくなってしまう。
「これはハリウッドのルネッサンスだ」と関係者も胸を張る。
アメリカン・シネマテックはこれまでも、貴重な映画の保存に取り組んできたが、ついに大きな目標達成に一歩近づいた。
このシアターは映画の都が21世紀を迎えるにふさわしいシンボルにたると筆者も思う。
ムッソ・フランクで食事をしたあとは、ハリウッド大通りを斜めに横切ったところにあるこの新装エジプシヤン・シアターをのぞいてみよう (前庭を見るだけでもいい)。ネオンサインが目印だ。
筆者も多くの観光客とともに写真におさまってきた。こういう映画館がまたひとつ復活したことを大いに喜びたい。どこかの国のように業績 悪化で次々に小屋が消えていくのとは違うのだから。
そもそもこのエジプシヤン・シアターは、のちにチャイニーズ・シアターで名をはせるシド・グラウマンが最初に手がけた映画館である。
1922年、レモンの果樹園跡に建てられた。その年の10月に、フェアバンクスの『ロビンフッド』でオープンした。オープニング・ナイト はそれこそ、キラ星のごとく多くのスターたちが集まった。
メアリー・ピックフォード、チャーリー・チャツプリン、ジョン・バリモアなど。高らかにファンファーレが鳴り響いたのだった。その名のとおり、エジプト風の 演出だったが、実はこれもグラウマンの気まぐれから出たものだった。
グラウマンが、チャイニーズ・シアター前の手形、足形を発案したアイデアマンであることはすでに述べたが、このときも彼は、ふと、ひらめいたのである。
そもそもはスペイン風の建物にしようと計画されていたが、たまたまエジプトでツタンカーメンの墓が発掘された。
「エジプトだ」
と叫んだグラウマンは、いきなりスペインをやめてエジプトにしてしまったのだ。
壁画は象形文字にあふれ、ファラオ(専制君主)の像ができあがった。全長150フィート45メートル)の壮観な前庭。ベドウィンの衣装に身を包んだ役者が上映時間 を告げる。砂岩の壁面には、神話に登場する犬の頭をした人間が彫られた。1200席を有する客席で、観客は古代文明の世界に酔える。
上映された映画は、『チャツプリンの黄金狂時代』(25年)や『ペン・ハー』(26年)のような映画史上に残るような名作ばかりだ。
「映画を観るにはゆったりとした気分が必要なんだ」(グラウマン)
現在、アメリカでは映画館の革命が起きている。”プレミアム・シネマ”などと呼ばれる特別映写室が人気を集めているが、さしずめエジプシャン・シアターはそのルーツといえそうだ。観客にできるかぎりのサービスを提供しようという考え力は グラウマンに始まっている。
さて、このエジプシャン・シアターも時代とともに、衰退してしまい92年には閉鎖されてしまった。ところが、地域再開発局のプ ロジェクト・マネジャーが「ぜひ残したい」と当時の所有者であるユナイテッド・アーティストから買い上げた。そんなとき、94年1 月の大地震で崩壊。解体寸前まで追いやられた。が、天はハリウッドの象徴を見捨てなかった。保険を掛けていたおかげで映画舘修復資金を捻出することができた。
そうして98年12月4日、『十戒』の上映で再オープンの運びとなった。この復興のドラマは、まさに映画を観るようなおもしろさだ。 「アメリカ人は新しい物にしか興味がないと思われているけれども、21世紀に何を残すべきか、いま真剣に考えているんです」
26歳のプロデューサー、ジョン・キング氏はそう言った。
この役興をもっとも喜んでいるのは若い世代の映画人なのだ。
観客を大切にするハリウッド精神は受け継がれている。
サンケイスポーツ 1999/3/8 掲載
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