アメリカの原点、ボストンをゆく

 まえがき

 これまでに、私はロサンゼルスやサンフランシスコなどの西海岸から、シカゴやデトロイトなどの中西部、ニューヨークやワシントンDCなどの東部まで、北米大陸・アメリカ合衆国五○州のほとんどを訪れた。
 私は北東部にある都市、マサチューセッツ州ボストンに、四〇代なかばに三年ほど住んだ。バックベイ、ノースエンド、イーストボストン、サウスエンド、ビーコンヒル、ウォーターフロント――住んでいる人種もたたずまいも、それぞれにユニークで表情豊かだ。
 ボストンには日本と同じように四季がある。四月の末になると、私が住んでいたバックベイのアパートメントの庭にはマグノリア(モクレン)の白い大きな花が咲いた。公園を散歩すればペチュニアなど可憐な色とどりの花々を楽しむことができる。米独立記念日(七月四日)には、チャールズ川畔の遊歩道エスペラネードで花火が打ちあげられ、コンサートが開かれる。
 一〇月も半ばを過ぎるころには、街路樹が黄金色に染まる。少し郊外までクルマを走らせれば紅葉狩りが楽しめる。一、二月は広い川面が凍りつくほど冷え込むが、雪景色を眺めながら知的な時間を過ごすことができる。市街は非常にコンパクトだ。ボストン交響楽団のコンサートやボストン美術館、フェンウェイ球場に歩いて行くことができる。

 アメリカ全土を訪れたすえに、たどり着いたのがボストンだった。
 シーフードがうまい(特にマグロやクラムチャウダー)。地ビールのサム・アダムスを飲みながら談笑する人びとはやさしい。私にとっては第二の故郷といっていいだろう。
 いま、松坂大輔投手のボストン・レッドソックス加入で、ボストンが注目されている。これを機に私はボストンを一〇年ぶりに訪れた。二〇〇七年四月に二週間ほど滞在したのだが、実り多いものになった。
 いつでも、アメリカでの私には幸運がつきまとう。主婦、芸術家、大学教授、建築家、野球ファン、ビジネスマンなど、さまざまな分野(および年齢、人種)の人びとから話を聞くことができた。
 あらためてボストンに住む人びとといっしょに、世界の現状と未来を考えてみることができた。世界を見つめ直してみたい。
 アメリカ建国の祖となる清教徒たちは、一六二〇年、ボストン南東の海岸、プリマスの地に定着した。ボストンはアメリカより歴史がある街なのだ。
 いま、迷走をつづけているアメリカを見つめ直すには、アメリカよりも古いボストンに眼を向けることが大切なのではないだろうか(アメリカの一三の植民地がイギリスから独立したのは一七七六年)。
 これは私がボストンを気に入っている理由にもつながるのだが、この街の人びとには「地元」への誇りと愛がある。日々の生活を楽しんでいる。
コミュニティ≠ニコミュニケーション=E・このふたつが本書のキーワードとなっていく。アメリカの原点、ボストンは「アメリカの明日」が見える場所であり、この街を歩くことは日本や世界を見ることにつながる。

 この一〇年、アメリカの魅力は半減していた。ブッシュ大統領により、まるで軍国主義化し、大国のエゴをごり押しするばかりで、聞く耳を持たず、まったく未来が見えなくなってしまっている。そう感じているのは私だけではないだろう。
 希望の喪失。アメリカから聞こえてくるのは深い失望の声ばかりだった。
 はたして、本当にアメリカは希望を失ってしまったのか。
 いや、アメリカには「急速に変わることができる」という、新しい国、多民族の国ならではの資質があるはずだ。あくまでも前向きに成長と進化をつづける、たくましい多細胞生物、それがアメリカだった。
 二一人のボストンに住む人びとに聞いた。
 石畳の街を歩き、チャールズ川をわたる風に吹かれながら考えた。
 アメリカの原点、ボストンから日本の明日が見えてくる。