アメリカの原点、ボストンをゆく
第一章 アメリカン・ニューヒーロー
なにごとも肯定的に見ること、変えることができると信じていることが、アメリカ人の良さのひとつ。いまは長い闇のただなかにあるが、ジェフは嵐のあとにこそ好転する時が訪れるものだと考えている。
「レッドソックスを見ればわかりますよ。ずっと何十年も干ばつ状態でした。いまは、ニューヨークにとってヤンキースがそうであるように、みんなの心に期待がある。レッドソックスに起こったこと(「コラムC」参照)は、とても有益だったと思います。長年優勝から遠ざかっていて、いま成功を遂げている。チームにとってひとりの選手の個性というものがいかに大切なのかが、やっとわかってきたのだと思います。
ダイスケが大きな話題になっている理由は、ゴルフコースに現れたタイガー・ウッズを見るようなものだからです。ダイスケたったひとりの力が、レッドソックスを変えるかもしれないと、人びとは心躍らせている」
アメリカは枠組みを作ることに長けている。しかし、システムやストラクチャーも大切だが、実際に動かすのは個々の人間である。たったひとりの人間の魅力や能力が、全体に大きく影響することがあることを、レストランオーナーのジェフは知っている。また、たったひとりの愚かさも同様だ。
ジェフは松坂がボストン・レッドソックスを変えると確信している。移民の国アメリカは、基本的に新参者に対して寛大なのだ。
松坂に関して、ジェフが評価しているのは謙虚さであった。
「レストランのスタッフの有能さとは謙虚さなんです。いつテーブルに行くべきか、お客に必要とされるタイミングを知っているか。コミュニケーションはほとんどなくても、なにが必要とされているかを読みとることができる謙虚さです。ダイスケを獲得してレッドソックスが得たもののひとつは、それだと思います。ダイスケは他の多くのプロ選手に見られる『金をくれりゃあ、やってやるぜ』のような尊大さを感じさせない。どんなスポーツにも、彼のような紳士的な態度の選手がいるべきでしょう」
すぐれたピッチャーを迎え入れることの良い点のひとつは、ピッチャーズ・ゲームを観られることだという。ボールを打ち返すバッターが肉体の力ならば、ピッチャーは精神の力だ。ファンは肉体と精神のぶつかり合いに、高揚する。それが日々の活力となる。
「以前、野球界では大きなもめ事がふたつありました。ひとつはストライキ。選手たちが『お金をもらって仕事をしている』のだという事実が、あからさまになった。スポーツを愛しているからではなく、お金を愛しているからプレーしている。これはファンの心に少なからず傷をつけたと思います。
もうひとつはステロイド不正使用問題。これはスポーツ全体に影を落としました。昔は、情熱を傾けている選手が偉大な選手になれると思われていたのに、いまは情熱のゆえなのか、それともステロイドという不正によるものかわからなくなってしまっています。こんなもめ事は見せてはいけません」
松坂は契約条件で年俸よりも家族の安全などに重きを置いたが、それでも莫大な金額だ。松坂に支払われた金額はボストンの人びとにどう思われているのだろうか。
「金額は、そのスポーツのビジネス価値に左右されるものです。ゴルフなどもビジネス価値が高い。ダイスケにその価値がなければ支払われる金額も低かっただけのこと。ビジネスですから、収益以上の投資はしません。オーナーのジョン・ヘンリーは、だれにいくら支払うべきかをちゃんと把握しているでしょう。
ここ数年でチーム自体の価値も急上昇しています。アメリカンフットボールのNFLチームのニューイングランド・ペイトリオッツがいい例です。オーナーのボブ・クラフト――彼はちょくちょくご家族で私のレストランに食事に来てくれます――は、低迷していたペイトリオッツを比較的安い価格で買い取り、チームを再建し、驚くほど価値を引き上げました。選手たちに高額の年棒を支払っても、チームにそれだけの価値があるから、ビジネスとしては利益を上げています」
レッドソックスはふたたびワールドシリーズで勝てると、ジェフは眼を輝かせる。優勝できるかどうかは、シーズンを通してのマネージメント手腕にかかっているのだという。
松坂に求められているのは、勝つことのみではないようだ。魅力的な試合にしなければならない。
「一番大切なのは、優勝を争うグッド・シーズンにすることですよ。魅力的な試合をして、接戦を演じることです。ダイスケはすべての試合で投げるわけではありません。シーズン全体を見わたせば、プレーオフに進むには七六試合に勝たなければならない。個々の試合をどうすれば有利に運べるかを考え、相手が打撃チームであれば、すぐれたピッチャーを投入して防御を固め、ある試合ではヒッティング・ゲームをする。そして最終的な勝ち数を稼ぐプランを立てます。
レストランもそうですが、毎晩計算しています。一週間に何人のお客様が来店する必要があるのか。でも、お客様には、私たちがお金を稼いでいることを感じさせないようにすることが大切です。たとえば、ご夫婦で楽しい食事をしているのだと感じてほしい、心から喜んでほしい。それがレストランにおける成功です。ビジネスだと感じさせないことです」
ピッチング陣の平均年齢が上がっていたところに、「プラン」どおりの若い主軸として松坂は迎え入れられた。期待は大きい。
ボストンに溶け込むために、松坂はなにをすればいいのか。たとえば、コミュニケーションをとるために英語を学ぶことは不可欠だろうと思うのだが、ジェフの考え方では一概にそうとも言えないようだ。
















