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本書はその稀有な魅力をもつマリリン・
モンロー
に新しい光をあてた好著である
解説 田辺聖子


このページではマリリンに関わった人々の証言を「追憶マリリン・モンロー」の中から抜粋してみました。
彼らの証言からマリリン・モンロー/ノーマ・ジーンの素顔が見えてくるのではないでしょうか。

女性のロマンというか、モンローを神格化したいんでしょう。誰かに殺されたかわいそうな女優ということにしたいらしい------女性の間で他殺だと思う人が多いことについてのトーマス野口(元ロサンゼルス郡検死局長)のコメント

マリリンは私の生き方を変えたわ。私は彼女のように自然で、自分に素直に生きたいと思っているのよ------スーザン・ストラスバーグ(女優)

彼女はノーマ・ジーンとマリリン・モンローの二つの人格を持っていたんです。私の知っているノーマ・ジーンは女優には向いてはいなかった。むしろ私の方が俳優に向いていたんじゃないかな------ジム・ドアティ(マリリン・モンローの最初の夫)

一般的には、誰もノーマ・ジーンの面倒を見てくれる人がいないので、彼女は仕方がなくジミーと結婚したといわれていますが、それは誤解です。彼らはとても愛し合っていました。ジミーを尊敬していました。そう彼女ははっきりと私に言いましたから------ビービー・ゴダード(義理の妹)

彼女はつねに誰かが側にいてあげないとダメになってしまいます。晩年は、私も充分にしてあげられなかったと後悔しているのです------シドニー・ギラロフ(ヘア・スタイリスト)

「困っている人を見れば助けるのは当然でしょ。あなたにもそういう心を持ってほしいのよ。」------貧民街に出向き、孤児や貧しい人たちに勇気づけたり小遣いをあげていたことに対して、ジェームズ・ハスピール(元マリリンのおっかけ少年、作家)が質問したときの答え

そう、マリリンはいつも言ってたわ。WE(私たち)って。マリリンはけっしてI(わたし)って言わなかったの。私たちは幸せにならなくっちゃって-------エヴェリン・モリアーティ(元マリリンのスタンドイン、女優)

「これまでの人生でいまが最も幸せなときです。私には 未来があります。いま私はスタートしたばかり。コメディもやりたいし、悲劇も、その中間の役もどんどんやってみたいわ。素晴らしい女優になりたいのよ」------マリリンがなくなる2週間前にジョージ・バリス(フォトジャーナリスト)に語った言葉

私は三人(2番目・3番目の夫の連れ子)の母親になりたいって言うんじゃないのよ。それぞれ母親がいるから。みんな私のいいお友だち、いつも私の味方をしてくれるのよ------2番目と3番目の夫の連れ子についてジョージ・パリスに語った言葉

私がスタジオにいあわせたとき、多くの人々から聞くマリリンの噂は酷いもので、どうして誰も、マリリンに好意を持っていないんだろうと思っていた。マリリンはいつも、自分を主張したがっていました------シェリー・ノース(女優)

大物が後ろについているせいかどうか知らないけれど、マリリンは自信たっぷりだったんだ。けっしてみんなが言うようなシャイ(内気)な女の子じゃなかったね。おどおどしたりはしていなかった------キース・アンデス(俳優)

マリリンはカメラの前に立つのに怯えていました。6時30分に集合だとすれば、彼女は毎朝6時35分には来ています。が、10時まで衣装室から出てこないのです------ドン・マレー(俳優)

マリリンは精神的にも不安定でした。うつ状態だったようにも思える。それを断ち切るために、助けを求めた。でも、遅過ぎたんですね------ダグラス・カークランド(写真家)

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