31.エヴァはシナトラを愛していたか?
「リズ(エリザベス・テーラー)と私はよく売春婦とまちがえられたけど、ほんとは聖人なのよ。私たちはこそこそ隠れて恋愛するような偽善的なことはしないの」
エヴァ・ガードナーは悪びれることなく、自らの恋愛観を述べた。現在、AFI(アメリカ映画協会)では、「20世紀を代表する100人のスターたち」の選考を急いでいる。エヴァは、その一人にまちがいなく選ばれるだろう。
「私はハリウッドで、手首を切ったり睡眠薬を飲んだりしたことのないただ一人のスターよ」
ハンフリー・ボガードに「田舎者」と皮肉られたとき、エヴァは、「だからみんなに人気があるのよ」とやり返した。
1メートル70、53キロ。ダークブラウンの髪にグリーンの瞳のエヴァは、ハワード・ヒューズ、クラーク・ゲーブル、ロバート・テーラーら多くの男たちを虜にした。
エヴァは、1922年、クリスマス・イヴに、ノースカロライナ州スミスフィールドから7マイル東の田舎町で生まれた。義兄が撮った写真がきっかけでMGMと契約。
「演技も台詞もどうしようもない」
初めてスクリーン・テストを見たMGMのプロデューサー、ルイス・B・メイヤーがそう嘆いた。南部訛りがひどく、発生練習を受けた。
エヴァは19で当時の人気スター、ミッキー・ルーニーと結婚。わずか1年と1週間で破綻。
2番目の夫はバンドリーダーのアーティ・ショー(彼はラナ・ターナーの最初の夫)。「スイング時代」を代表するミュージシャン。この結婚生活も長く続かなかった。
3番目の夫で、最後の夫、彼女が人生でいちばん愛した男は歌手のフランク・シナトラだ。
シナトラは最初の妻と別れたばかりで、楽屋のドアの裏にピンで留めたMGMの看板女優リストを物色していた。
「あんなチンピラとはかかわりあいたくない」
とエヴァが冷たくすればするほど、シナトラは彼女に惹かれた。愛する女にひどい仕打ちをしたり、自分を捨てた女に辛く当たってばかりしていたシナトラがである。51年11月7日に、エヴァとシナトラは結婚したが、喧嘩が絶えなかった。
ある夜、2人がニューヨークに仕事で出かけたときのこと。シナトラは、妻が前夫のアーティ・ショーと密会しているという噂を耳にした。居場所をつきとめると、シナトラは電話をかけて妻を脅迫した。
「死んでやる」
電話口で、銃声がした。
動転したエヴァがホテルに引き返した。すると、常軌を逸したシナトラがマットレスに銃弾を打ち込んでいたのだった。シナトラとの激しい愛憎関係にエヴァは、疲れ果てた。
そして、53年の秋、エヴァは「青い瞳の男(オール・ブルー・アイズ)」に別れを告げ、スペインのマドリードに移り住んだ。8年間そこで暮らし、数多くの闘牛士とも浮名を流した。
マドリードに住んでいたとき、ヘミングウェイが病気で療養中のエヴァを見舞っている。
「殺人者」や「キリマンジャロの雪」の主演女優に会えたのを作家はとても喜んだ(その後、エヴァは68歳でロンドンで亡くなるまでの26年間を海外で生活した)。
シナトラが女優のミア。フェローと結婚すると聞いたとき、エヴァは「女に飽きて少年と結婚するのね」と皮肉をこめて祝福した。
「自分には才能がない」
と言っていたが、アカデミー賞にノミネートされた「モガンボ」、ハリウッド女優のだれもがやりたがった「裸足の伯爵夫人」では主役を掌中におさめた。
54年、マリリン・モンローに続いて来日。日本の男たちにフェロモンを発散した。
酒とボクシングが好きで、突っ張って生きてきたが、実は料理が得意で、「ハリウッドも女優も好きじゃないの」。エヴァは、ほんとうは平凡な主婦になりたかったのだ。
エヴァ・ガードナーは悪びれることなく、自らの恋愛観を述べた。現在、AFI(アメリカ映画協会)では、「20世紀を代表する100人のスターたち」の選考を急いでいる。エヴァは、その一人にまちがいなく選ばれるだろう。
「私はハリウッドで、手首を切ったり睡眠薬を飲んだりしたことのないただ一人のスターよ」
ハンフリー・ボガードに「田舎者」と皮肉られたとき、エヴァは、「だからみんなに人気があるのよ」とやり返した。
1メートル70、53キロ。ダークブラウンの髪にグリーンの瞳のエヴァは、ハワード・ヒューズ、クラーク・ゲーブル、ロバート・テーラーら多くの男たちを虜にした。
エヴァは、1922年、クリスマス・イヴに、ノースカロライナ州スミスフィールドから7マイル東の田舎町で生まれた。義兄が撮った写真がきっかけでMGMと契約。
「演技も台詞もどうしようもない」
初めてスクリーン・テストを見たMGMのプロデューサー、ルイス・B・メイヤーがそう嘆いた。南部訛りがひどく、発生練習を受けた。
エヴァは19で当時の人気スター、ミッキー・ルーニーと結婚。わずか1年と1週間で破綻。
2番目の夫はバンドリーダーのアーティ・ショー(彼はラナ・ターナーの最初の夫)。「スイング時代」を代表するミュージシャン。この結婚生活も長く続かなかった。
3番目の夫で、最後の夫、彼女が人生でいちばん愛した男は歌手のフランク・シナトラだ。
シナトラは最初の妻と別れたばかりで、楽屋のドアの裏にピンで留めたMGMの看板女優リストを物色していた。
「あんなチンピラとはかかわりあいたくない」
とエヴァが冷たくすればするほど、シナトラは彼女に惹かれた。愛する女にひどい仕打ちをしたり、自分を捨てた女に辛く当たってばかりしていたシナトラがである。51年11月7日に、エヴァとシナトラは結婚したが、喧嘩が絶えなかった。
ある夜、2人がニューヨークに仕事で出かけたときのこと。シナトラは、妻が前夫のアーティ・ショーと密会しているという噂を耳にした。居場所をつきとめると、シナトラは電話をかけて妻を脅迫した。
「死んでやる」
電話口で、銃声がした。
動転したエヴァがホテルに引き返した。すると、常軌を逸したシナトラがマットレスに銃弾を打ち込んでいたのだった。シナトラとの激しい愛憎関係にエヴァは、疲れ果てた。
そして、53年の秋、エヴァは「青い瞳の男(オール・ブルー・アイズ)」に別れを告げ、スペインのマドリードに移り住んだ。8年間そこで暮らし、数多くの闘牛士とも浮名を流した。
マドリードに住んでいたとき、ヘミングウェイが病気で療養中のエヴァを見舞っている。
「殺人者」や「キリマンジャロの雪」の主演女優に会えたのを作家はとても喜んだ(その後、エヴァは68歳でロンドンで亡くなるまでの26年間を海外で生活した)。
シナトラが女優のミア。フェローと結婚すると聞いたとき、エヴァは「女に飽きて少年と結婚するのね」と皮肉をこめて祝福した。
「自分には才能がない」
と言っていたが、アカデミー賞にノミネートされた「モガンボ」、ハリウッド女優のだれもがやりたがった「裸足の伯爵夫人」では主役を掌中におさめた。
54年、マリリン・モンローに続いて来日。日本の男たちにフェロモンを発散した。
酒とボクシングが好きで、突っ張って生きてきたが、実は料理が得意で、「ハリウッドも女優も好きじゃないの」。エヴァは、ほんとうは平凡な主婦になりたかったのだ。
















