37.射撃手ゲーブルの秘密

 「この男を撃ち落としたものには、5000ドルと、昇格・休暇」
 クラーク・ゲーブルに賞金が賭けられた。
 彼は第2時大戦中、爆撃機B29の射撃手として活躍した。ナチ空軍の司令官、ヘルマン・ゲーリングは、アメリカの英雄であるゲーブルの爆撃機をなんとしても撃ち落としたかったのである。
 『風とともに去りぬ』のレット・バトラーとして、女性ファンを魅了したセクシーな男には、さまざまな逸話がある。
 ハリウッド史上、もっとも男っぽいスターは女だった。本名、ウィリアム・クラーク・ゲーブルは何かの手違いで、出生証明に「女」と記載されてしまったからだ。
 ゲーブル少年は、16歳のときに家出、友人たちとミュージックホールでアルバイトをしていた。21歳のとき、ふたたび家出。旅の一座に加わったあとは、放浪生活を送った。木材の切り出しの仕事や、ネクタイ売りなどをした。
 「どんな場合も俺は、年上の女を選ぶ」
 ゲーブルの最初の妻は14歳年上、旅の一座のベテラン女優ジョセフィン・ディロン。彼女とハリウッドで結婚、映画デビュー。
 2度目の妻はニューヨークの社交界の花形、リア・ランハム夫人で17歳年上だった。
 3度目が女優キャロル・ロンバード。「ハリウッドのおしどり夫婦」といわれた。彼にとって、初めて年下の女性だった。
 「マ(かあちゃん)」「パ(父ちゃん)」と呼びあった。
 そのロンバードが、飛行機事故で亡くなると、ゲーブルは嘆き悲しんで「マが死んでしまった」と茫然自失の状態が長い間続いた。(射撃兵に志願したのも、ロンバードが亡くなったため)
 その後、4度目の結婚のシルヴィア・アシュリー侯爵夫人、5番目のケイ・ウィリアムズ・スプレックルズ夫人も「ロンバードに生き写しだった」のである。
 ゲーブルは、とにかく女性によくもてた。
 『荒馬と女』で共演したマリリン・モンローは、「彼の手が偶然、私の胸に触れたときには、体中がぞくぞく震えてしまった」という。
 モンローは、ゲーブルに父のイメージを求めた。撮影に遅れるなどモンローが心配をかけすぎたため、その心労でゲーブルはなくなったといわれる。(享年59歳)。
 「これだけの美女が勢揃いすると壮観だなぁー。しかも、この俺は連中を総なめにしたんだぜ」
 MGM専属女優の全メンバーの宣伝スチールを眺めながらゲーブルはほくそ笑んだものだ。
 ジョーン・クロフォードもその1人だった。
 「ゲーブルと共演した女優は誰だって強い衝動を抑え切れないわ」
 だが、ヴィヴィアン・リー(『風とともに去りぬ』)はキスシーンを拒否した。
 「入れ歯が臭くていや」
 以来、ゲーブルは1日、数回歯を磨き、シャワーを浴び、わきの下まで剃って、清潔につとめた。
 ゲーブルの36回目の誕生パーティーで、ジュディ・ガーランドは『ユー・メイド・ミー・ラブ・ユー』の替え歌、『ディア・ミスター・ゲーブル』を歌った。
 ゲーブルの想いをファンの女の子が切々と歌うというパフォーマンスだ。
 「おもちゃで遊ぶには大人すぎ、男の子とつきあうには子供すぎる。映画もミッキー・マウスだけ。クラーク・ゲーブルは見せてもらえない」という内容だ。
 だが、男らしいゲーブルはスクリーンの上だけだった。本当のゲーブルはマザコンで、セックスも弱く男らしくなかった。
 もっとも近くにいた妻のキャロル・ロンバードが、「ゲーブルはベッドの上ではゲーブルではなかった」とはっきり言っている。
 ゲーブルは、フォレスト・ローン。セメタリーに、キャロル。ロンバードと並んで眠っている。生きていたら、今年98歳になる。