華麗なるアメリカン・ドリーム、ホテル王・ヒルトン
ひとつひとつの点をたどっていくと大きな夢にたどりつく。ホテル王、コンラッド・ヒルトン(1887−−1979)は、まさにアメリアカン・ドリームを地で行く生涯を送った。一八八七年、ヒルトンはノルウエーからの移民の子としてニューメキシコ州サンアントニオの小さな町で生まれた。父は雑貨店を営んでいた。学校嫌いなヒルトンは正規な教育を受けたことはなかった。二十歳のとき、父が苦肉の策で「自宅をホテルに改造した」ことが、ホテル業に入るきっかけとなった。当時、一日のホテルの収益は約二ドル・五十セント。さて、ある日、彼が客からもらったチップの額は? 五ドル。コツコツ貯めた資金を元手にヒルトンは銀行を設立しようとした。だが、実現せず。失意の彼が偶然に泊まったテキサスのホテルが売りに出ていた。そのモーブリー・ホテルを買収。ホテル王への第一歩となった。一九二九年恐慌後のアメリカではホテル業の八十五%が倒産。「大不況のさなかで、大ホテルをタダ同然の値段で買いまくったのが大成功の原因だった。(『巨富を築いた36人の男たち』鳥羽欽一郎著・実業之日本社)。一流ホテルを買収、徹底して無駄を省き、チェーン展開をする。マネージメント・コントラクトといわれる経営方法で大成功を収めた。一九四九年にはニューヨークの名門ホテル、ウォルドーフ・アストリアを買収。現在では世界で五〇か国、一九〇〇ものホテルを有している。ヒルトンは華やかな私生活でも知られる。五十五歳のときにグラマー女優、ザザ・ガボールと結婚(のち離婚)。ヒルトンの長男ニックも女優エリザベス・テーラーと結婚して話題となった。ヒルトンはいくつもの大ホテルを次々とオープンさせ、オープニングパーティでは先頭にたってダンスを披露した。八十九歳で三度目の結婚、相手は二十八歳年下だった。
2005/1/24 フジサンケイ ビジネス・アイ
















