17.トップレスのコイン
合衆国造幣局はかつて、人々の顰蹙(ひんしゅく)を買うコインを発行したこと
があった。
1916年、彫刻家のハーマン・A・マクニールは、造幣局長官から現代的なコ インのデザインを、という命を受けた。マクニールのデザインは東に顔を向 け、左手に楯を、右手にオリーブの小枝をもつリバティ(自由の女神)だった。 造幣局の誰もが、その斬新さを歓迎し、女神のコインは滞りなくお披露目され ることとなった。
ところが、この新しいコインは一般大衆にはあまり受けがよくなかった。マ クニールはミス・リバティを冒涜(ぼうとく)するものだというのが多くの人 々の意見だった。コインのリバティは右の胸を完全に露出し、右の太ももを 淫らにさらけ出している・・・・・
ワシントンD.C.に何千通もの抗議の投書が寄せられ、翌1917年の議会 で、マクニールにデザインを修正させることが認められた。ミス・リバティ のふしだらな着衣の点が、直接的に言及されることはなかったが。というよ り、議会がデザインの修正を求めたのは些細なことで、もっと、銀行で重ね やすい浮き彫りにするように、とかいう程度のものだった。
マクニールはこれに従い、ミス・リバティの胸と首に鎖かたびらをほどこ し、太ももにはつましくドレープをかけた。こうして、もはやトップレスで なくなったコインは反対されることもなく、1930年まで流通した。
1916年、彫刻家のハーマン・A・マクニールは、造幣局長官から現代的なコ インのデザインを、という命を受けた。マクニールのデザインは東に顔を向 け、左手に楯を、右手にオリーブの小枝をもつリバティ(自由の女神)だった。 造幣局の誰もが、その斬新さを歓迎し、女神のコインは滞りなくお披露目され ることとなった。
ところが、この新しいコインは一般大衆にはあまり受けがよくなかった。マ クニールはミス・リバティを冒涜(ぼうとく)するものだというのが多くの人 々の意見だった。コインのリバティは右の胸を完全に露出し、右の太ももを 淫らにさらけ出している・・・・・
ワシントンD.C.に何千通もの抗議の投書が寄せられ、翌1917年の議会 で、マクニールにデザインを修正させることが認められた。ミス・リバティ のふしだらな着衣の点が、直接的に言及されることはなかったが。というよ り、議会がデザインの修正を求めたのは些細なことで、もっと、銀行で重ね やすい浮き彫りにするように、とかいう程度のものだった。
マクニールはこれに従い、ミス・リバティの胸と首に鎖かたびらをほどこ し、太ももにはつましくドレープをかけた。こうして、もはやトップレスで なくなったコインは反対されることもなく、1930年まで流通した。
















