23.子ども時代は女の子だった有名人

 ヴィクトリア朝時代、男の子をもつ母親は、おむつの取り替えが簡単だとい う理由で、女の子の服を着せることがあった。だが、なかにはその時代の前か らもそれ以後もそうしたことに過激になる母親もいた。
 北極探検家ロバート・ピアリーの母親は息子の「バーティ」ちゃんにフリル のついた服や、サンボンネットをあてがった。
 ダグラス・マッカーサーは言っている。「物心ついてからの最初の記憶はラ ッパの音」。
その次に覚えているのはスカートを穿かされ、髪の毛を長くカールされたこと、 それは8歳まで続いた。
 作家アーネスト・ヘミングウェイは母親の気まぐれから女の子の服装をさせ られた、もうひとりの「マッチョ」であった。
 ドイツの詩人、レニエ・マリア・リルケは幼少期、女の子として育てられた。 女の子が欲しかった母親はひどく失望して、「ソフィー」という名前で呼んで いたほどだった。
 男の子に失望した母親はまだいる。劇作家オスカー・ワイルドの母親。オス カーにブルーのベルベットのドレスを着せ、安物のアクセサリーをやたらとつ けさせた。
 小説家のトーマス・ウルフは7人兄弟の末っ子で、母親は「この子がずっと 赤ちゃんのままでいてくれたら」と、3歳半までおっぱいを与え、6歳まで添 い寝していた。どうか短く切ってくれという本人の頼みを無視し、毎日長い髪 をカールしていた。あるとき、友だちに女の子だとからかわれたとき、トムは ズボンを脱いで、そうではないことを示した。トムの頭にシラミがわいたとき になって、やっと母親は髪を短くしてやった。